場所は大阪某所。
日もすっかり沈んだ頃合。
刃渡り26インチの刃物を囲んで3人の男達がひそひそと話しこんでいる。
一人は酸いも甘いも噛み分けた風な、和服姿の年配者。つるりとしたオツムが蛍光灯のひかりをぴかりんと反射させている。
一人はなにやら胡散臭げな雰囲気を醸し出している壮年の男。眉も肩もひょろりんとさがっていて呑気そうなオーラを放っている。
一人はまだ年若い青年。服装こそ派手なアロハシャツにソフトモヒカンヘアとパンクな印象だが、その二つの眼は澄んだ光を灯していた。
「ンじゃあとは・・・・・」
「・・・師匠にお任せで・・・」
「僕アレが・・・・ですけど・・」
「・・・・もアリってことで」
「人が死ぬメドレーはどないする?」
一体何の相談なんだろうか。
陰謀の匂いがする。
三人の男達が話し込んでいるところに ・・・・
「こんばんは」
「ごぶさたしてます」
「ああよかった、まにあった」
「なにかお手伝いしましょか?」
と、三々五々に人が集まりだしてきた。
皆何かの期待に胸を膨らませている。
ざっと見渡したところ、年のころは20代から30代の働き盛りの男女が多い。
これから一体何が始まるのか。
「んじゃ、人数も揃った頃やし、師匠そろそろお願いします。」
とアロハシャツの青年が言うと、和服の男は大降りの刃物に手を添えて立ち上がった。
「歌六師匠です、皆、拍手拍手!」
わー
ぱちぱちぱちぱち
ひゅーひゅーひゅー!
和服姿の男の名は「都家歌六」
のこぎり演奏暦40年の大ベテランだ。
「んじゃ僕も用意しますわ」
とウクレレに手を伸ばしながら立ち上がった壮年の男。
彼の名は「チチ松村」
日本を代表するギターデュオ「GONTITI」のギタリストである。
「司会進行は僕、サキタハヂメでお送りします」
と新進気鋭の若きノコギリ奏者はマイクを手に、にこやかに宣言した。
「これより歌六師匠にノコギリ演奏を披露してもらいます。
みんな、そんな部屋の隅っこに固まらんと、もっと前においで。
こんなチャンスめったにないで~」
「そうやで、間近でじっくりみるチャンスやで」と手招きするチチさん。
歌六師匠はにこやかな笑みを浮かべながらノコギリと弓を構えた。
ノコギリな夜が
今まさに始まろうとしていた。
「ま、のこぎりを習い始めた方はたいていこの曲を演奏しますね」
と、歌六師匠は江戸の落語家らしく粋な口調で語り始めた。
「禁じられた遊び」という有名な映画音楽についての薀蓄が長々と続く。
ヲイヲイ、演奏はどーしたんだよ・・・・。
演奏がナカナカ始まらないことにしびれをきらしつつ。
師匠の話芸の巧みさに腹をかかえて笑いつつ。
「では」
とノコギリとヴァイオリンの弓を師匠は構えなおした。
「禁じられた遊び」のイントロがドラマティックに流れる。
かかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか・・・・
別にパソコンが壊れたわけではない。
かといって、伴奏用オーディオに故障がおきたわけでもない。
かかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか・・・・・
これは師匠の「びんぼうゆすり」なのだ。
のこぎり演奏におけるびんぼうゆすりの役割は、音にヴィヴラートをかけるという非常に大切なものである。
歌六師匠のノコギリ奏法は
1・イスに腰をかけ
2・ギザギザの刃の部分を自分のほうに向けて
3・もち手の部分を両腿ではさみ
4・ノコギリの背中の真直ぐな部分を
5・ヴァイオリンの弓でこすって音を出す
というスタンダードな奏法である。
このとき片方の膝だけをゆらしてやると、音が美しくのびる。
それがびんぼうゆすりヴィヴラート。
ただ歌六師匠の場合、このびんぼうゆすりが尋常ではなかった。
(演奏する前から揺れてるやんかー!!!!)
おそらくその場に居た観客の九割が心の中で一斉にツッコンだはず。
しかも
(激早っつ!!)
とても70歳を越えた人間の動きとは思えない。
カか課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課か課かかバか課か課か課か課か課かかかかかかかかかかか・・・・・・
しかし。
耳になじんだ旋律が聞こえ始めると、それまで点目になっていた観客の顔に驚愕の表情が、目に陶酔の色が現れだした。
(なんて美しい音色なんだ)
(なんて物悲しい響きなんだ)
(これが!)
(これが!!)
(これが・・・本物・・・・・・・!!!)
この「方膝だけ貧乏ゆすり」がどれだけ難しいか、読者の諸君も一度雑誌か何かを両腿に挟んで、それが落ちないようにやってみてくれたまえ。この技術の凄さを少しでも理解していただけるはずだ。
曲が終わると一瞬の間が空いて
そして会場が拍手の渦に包まれた。
皆が歌六師匠の演奏に度肝をぬかれているあいだにも、曲目はどんどん進んでゆく。
「タンゴメドレー」
「ナツメロメドレー」
今日の客層をまったく考えていない強引な選曲である。
古賀メロディなんていわれてもいまどきの若い者は誰も知らないぞ。
知っている私も大概だが。
皆が(この曲知らない)と首をかしげている間、ずっと私一人ノリノリだったらしい。
またここで「らく乃の実年齢はいくつだ疑惑」が持ち上がるのだが、その件に関しては又の機会に述べる。
「ではここらでゲストをお招きしましょう」
やっとチチさんの出番がまわってきた。
チチさんはスチール製の特殊なウクレレを携えて、のほ~んと舞台に上がりこんだ。
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